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IR MAGAZINE トップの素顔 先駆者の大地
先駆者の大地 2001年3〜4月号 Vol.48
 

稀代のカリスマが描いた正の夢、負の夢
帝人株式会社 大屋晋三

大屋晋三


沈みかけた巨船、帝人を引き上げ、
世界有数の総合化学メーカーとして復活させたのは、
大臣を歴任したあと、政界から呼び戻された社長、大屋晋三である。
大屋が放った逆転の一撃が「テトロン」であった。
そして第2、第3のテトロンをめざして大屋は見果てぬ夢を見続ける。
この稀代の経営者が帝人に遺したものは何だったのか。

1957年4月、「テトロン」の名称を募集するが掲載された。
それは、帝人復活の予告広告となった

総合科学素材メーカーとなった帝人

レーヨン帝国帝人の終焉と合成繊維の台頭

  「諸君のなかの一部には、わが社の過去の繁栄の惰性のうえにあぐらをかいて、この幻影をいたずらに頭に描き、わが社にはまだ何かよいものがあるように考えている人がありはしないだろうか」
  1959年の年頭、大屋晋三は帝人の全従業員にこう警告した。人造絹糸レーヨンによって築き上げていた一大帝国が崩壊し瀕死の状態にあった帝人は、この年、いよいよ再建に向けて動き出そうとしていた。
  帝人は、その前身である鈴木商店の時代からレーヨンに目をつけ、その原料となるヴィスコースの研究からスタートして、戦時中までレーヨンの生産量では世界最大を誇る有数の繊維メーカーとして君臨していた。しかし、戦争によって日本の化学繊維工業は壊滅し、その空白の間に欧米では合成繊維が開発され、大きな成果を収めていたのである。
  レーヨンの原料となるヴィスコースはパルプの溶液で、それを塩酸や硫酸などのなかに糸状に射出してレーヨンを生成する。つまりレーヨンは天然素材を原料とした化学繊維である。これに対し合成繊維は、天然素材を用いず高分子化学によって作り出される。帝人がレーヨンで一大帝国を築き上げた間に、日本の繊維メーカーも合成繊維に注目し始めていた。特に東洋レーヨンはアメリカのデュポン社が開発したナイロンに着目し、戦後はナイロン技術の導入に成功していた。他社が合成繊維を企業化し、化繊メーカーから総合化学メーカーへと移行しようとしていた時代に、帝人はいまだレーヨンの栄光に酔いしれ、過去の夢を貪っていたのだ。
  東洋レーヨンがナイロンの開発に成功し、その独占の威力を発揮し始めた1953年9月期、帝人の業績はついに東洋レーヨンの後塵を拝し、以後その差は開くことはあっても縮まることはなくなっていった。帝人「レーヨン帝国」の終焉であった。そして1956年6月、もはや斜陽に立つ老大国と称された帝人に、1人の男が呼び戻された。冒頭に登場した男、大屋晋三である。

大屋晋三の復活とポリエステルの導入

  大屋晋三は、1918年、東京高商(現一橋大学)を卒業するとすぐに鈴木商店という新興の商社に入社し、1925年、その関連会社である帝人の前身、帝国人造絹絲株式会社に派遣され1945年に社長となった。しかしその2年後、1947年に参議院議員に当選して政界に進出。翌年、吉田内閣の商工大臣に就任して社長の座を退いたあと、大蔵大臣、運輸大臣を歴任し、1956年、斜陽化する帝人に社長として復帰した異色の人物である。
  帝人を立て直すべく社長の座に戻った大屋が最初に打った手は、ポリエステル繊維製造の技術をイギリスのICI社から導入することだった。戦後、大屋はいく度となく外遊し、世界の化繊メーカーを視察した結果、化繊界の将来を制するものはポリエステル繊維であると確信していた。この技術の導入に、大屋は異常なほどの執念を燃やしていたのである。
  ICI社からの技術導入は帝人と東洋レーヨンの2社が共同して行い、かつそれぞれが企業化することと決定した。東洋レーヨンはすでにナイロンを開発して合成繊維の技術に豊富な経験を持ち、その利益によって潤沢な資金を擁していた。その東洋レーヨンとまったくの同一条件で技術導入を行うことは、帝人にとっては大きな冒険であり、社内からも危惧の声があがっていたが、ここでポリエステルの導入に失敗すれば帝人にもはや将来はない。また東洋レーヨンに、ナイロンに続いて化繊界の将来を担うと目されていたポリエステルまでも独占されることは、企業として自殺行為に等しかった。東洋レーヨンに伍してポリエステル繊維を企業化することは、帝人にとって至上の命題であった。

テトロンで起死回生の大逆転

  イギリス本国での技術研修に先立って、 1957年2月14日の夕刻、ICI社から図面とノウハウの解説書が羽田空港に到着した。空港で直ちに帝人と東洋レーヨンに2部ずつ渡され、帝人はその場から岩国研究所と大阪本社企画部へ空路輸送した。羽田を発った図面と解説書は翌2月15日午後、岩国研究所に到着し、早速図面の複写とノウハウの翻訳作業が開始された。図面は当初2万3,000枚と予想されていたが、実際には3,200枚余りだった。当初の予想より少なかったとはいえ、秘密保持のために外部に出すことはできず、岩国研究所に隣接する岩国工場や帝人製機の複写機を総動員して連日徹夜でコピー作業が続けられた。こうして図面とノウハウの読み込みを終え、いよいよICI社への技術研修の準備が整ったのは、3月下旬のことであった。
  研修第1班は4月2日、羽田を発ってロンドンに向かったが、一行がICI社のウィルトン工場に到着する頃には、東洋レーヨン第1班が2〜3日後には実習を終えようとしていた。合成繊維の技術に一歩も二歩も先んじていた東洋レーヨンでは、図面の到着を待たずにICI社の技術研修を決定し、早くも3月5日には第1班が出発していたのだった。そればかりか、研修の終了を待たず、ポリエステル繊維のための工場建設を早くも3月中に開始していた。帝人ではこれに遅れること5カ月、第2班の帰国を待って、8月にようやくポリエステル繊維のための松山工場の配置図作成と機械の設計に着手したのである。しかし帝人は、東洋レーヨンに遅れまいとする気概にあふれていた。その原動力となっていたのは、やはり大屋の求心力だった。大屋は関係者に向かってこう言ったのだ。
  「東洋レーヨンとうちでは10年の差がある。君たちが逆立ちしたところで東洋レーヨンよりは悪いものができるだろう。無駄金も使うだろう。期限も遅れるだろう。そんなことは当たり前だから気にするな。ビクビクせずに思い切ってやれ。だがこの10年の遅れを、君たちの努力で2、3年までに取り戻してもらいたい」
  この言葉は関係者を責任の重圧から解放し、大いに勇気づけた。また、大屋は各責任者に大幅な権限を持たせ速戦即決の気風を持ち込んだ。当時の帝人はひとつの決定までに30もの判が必要といわれたほど行動力を失っていたのだ。こうして工場の建設は驚くほど順調に進み、東洋レーヨンに比べて着工は半年ほども遅れていたが、竣工した時にその差は2カ月程度に縮まっていた。
  さて、このポリエステル繊維の商品名は、消費者の混乱を避けて最大限の訴求効果をあげるため、帝人と東洋レーヨンで共同して一般から募集し、同一名を使用することとなった。その結果、冒頭の写真にあるように「テトロン」という名称に決定した。ちなみに当時は帝人の「テ」と東洋レーヨンの「ト」を取ったものと噂されたが、実際は「ポリエチレンテレフタレート繊維」という名称からきている。こうしてテトロンは1958年6月に生産が始まり、帝人はようやく再建の体制を整えたのである。その後の帝人は世界一のポリエステル繊維メーカーとして、再び一大帝国を築き上げることになる。

夢の清算から世界企業への出発

  ポリエステル繊維に目をつけた大屋の読みは当たっていた。テトロンの成功後、大屋はさまざまな事業に着手し、著しい多角化を開始した。しかし、それらは石油開発、牧畜、レストランなど、いずれも帝人の化学工業としての資産を生かすものではなく、言ってみれば場当たり的な思いつきを次々に実行に移しているようなものだった。結局、医薬事業以外はことごとく失敗し、第2、第3のテトロンが生まれることはなかった。帝人は未曾有の赤字を計上し凋落の一途を辿っていったが、大屋が80年に他界するまで多角化から手を引くことはなく、大屋亡きあと80年代末までに撤退した事業は50近くにも達していた。その後の帝人は縮小均衡路線を余儀なくされ、97年に就任した現社長の安居祥策の代になってようやく敗戦処理も終わり、提携とグローバル化を軸にした積極経営を開始したのである。
  2001年3月期、帝人は前年度の6,000億円余から一挙に7,600億円の連結売上高を計上する見込みだ。業績は確実に上昇している。現在の帝人は、自動車の金属部分以外のほとんどの部品を製造し、ほかにもCDやDVD、携帯電話やパソコンの機械部品など、総合化学素材メーカーとしてさまざまな素材を製造しているが、売上高でその中心となっているのはやはり繊維であり、その中核をなしているのは今でもテトロンである。
  大屋晋三というカリスマは、功罪ともに大きな足跡を帝人に残した。思えば、これほど多くの経験を積んだ大企業も稀ではないだろうか。2度の成功と2度の失敗を体験し、ようやく力を取り戻したこの巨大企業の新たな目標として、現社長の安居はグローバル市場で勝ち残る世界企業への道を選んだ。大屋亡きあとの新生帝人が、いよいよ動き始める。





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