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IR MAGAZINE トップの素顔 先駆者の大地
先駆者の大地 2001年1〜2月号 Vol.47
 

挑戦を恐れない「変革」という哲学
日清製粉株式会社創業者  正田貞一郎

(2002 現・株式会社日清製粉グループ本社)
創業者
正田貞一郎


M&A、情報化、CS、コア・コンピタンス―
いずれも今日、企業が発展していくうえで必須ともいえる手法や理念である。
しかしすでに1世紀にわたり、それらをわが哲学として発展を続けてきた企業があった。
日清製粉株式会社。堅実なイメージの内側には、
どのような時代にあっても変革と挑戦を恐れない、逞しき魂が宿っている。

1901年5月5日の開業式の様子。
社屋にローマ字で「TATEBAYASHI FLOUR MILL Co.」
と書かれているのが読みとれる

手探りのなかで機械製粉会社を起業

  西暦2000年、創業100周年を迎えた日清製粉。1900年(明治33年)より一貫して小麦製粉に取り組み、今日では国内消費量の37%を製造・販売するトップメーカーである。多角化も家庭用小麦粉やプレミックス、パスタ、小麦加工品が中心で、ともすれば堅実・安定というイメージでとらえてしまいがちである。ところがその歴史を顧みれば、そもそも創業から大いなる挑戦であったのだ。
  当時、小麦粉は輸入が増え続けている状況であった。国内でも原料小麦は生産されていたが、伝統的な水車製粉による国産粉は機械製粉の輸入粉(メリケン粉)に品質面で劣っていたのである。創業者である正田貞一郎が育った上州・館林も水車製粉が盛んな土地で、貞一郎は「輸入粉の増大に手をこまねいて傍観していることはできない、機械製粉すれば輸入粉に負けないはずだ」と、近代的な機械製粉事業を興すことを決意した。
  1900年10月に館林製粉株式会社を設立。国内でほかに機械製粉を行うのは、ほんの数社という状況で、アメリカのアリス・チャルマー社から製粉機(フラワーミル)を購入するまではよかったが、何しろすべてが手探り。機械が来たのはいいが、据え付けるにも技術者がいない。カタログや原書を解読しながら何とか取り付けて、工場の運転を開始したのは翌1901年の5月。その苦労は50年後の創立記念式典において自ら「言語を絶するような苦労をし、文字通り寝食を忘れて没頭した」と後進に語ったほどであった。

常に社会と結ぶことを念頭に変革を続ける

  製粉を開始した当初は、国産の機械粉の品質が信用されていないこともあり、販売には予想以上の苦労が重なった。しかし、粘り強い営業努力により次第に信用を勝ち得、それまでの国産粉にはない白さの美しい粉が大変な好評を博した。創業にあたり、経営の基本方針としたのは「工業会社としての立場を貫き、企業としての社会的責務を果たすとともに、工業的付加価値を高めていく」というもので、これには小麦が国際相場商品であったことから、投機的な利益の追求を戒める意味合いも込められていた。主食である小麦の価格が投機相場に左右されていては、国民の食糧事情は不安定なものになりかねないからだ。相場から原料を安く買い付ける機会は求めるが、それを工業化によって競争力のある製品に加工して、市場への安定供給を図る。企業としての利潤はあくまで工業化による加工利益に求めようとしたのである。貞一郎は「事業は常に社会と結ぶことを念頭に。自分一人が儲けることを考えると事業は決して長続きしない。すなわち信を万事の本と為す(信為万事本)」と考え、終生これを貫いた。
  原料小麦をできるだけ安価で手に入れるとともに、付加価値の高い商品づくりのため、内外情報の収集・分析を行う調査部門に早くから力を注いでいたことにも注目したい。その範囲は内外の小麦市況や業界情報はもちろん、広く一般経済情報にも及び、昭和の初めになると政府の農林省ですら「小麦のことなら日清に聞け」と言うほどであったという。

明治時代から繰り返された積極的なM&A

  戦前までの日清製粉の歴史は、実は企業合併の歴史でもある。創業から早くも7年後には、不況で経営不振に陥っていた横浜の日清製粉株式会社を合併。また合併を機に、社名を地方色の濃い館林製粉から、より発展的な日清製粉へと改称している。
  これを皮切りに1910年には宇都宮の大日本製粉株式会社を合併。一躍、国内第2位の製粉会社となった。さらに上毛製粉、両毛製粉、讃岐製粉、九州製粉などを次々に合併。工場も名古屋、水戸、岡山、神戸と積極的に新設を続けた。もちろん合併にせよ「小麦、製粉という名前が付いていればよい」というやみくもなものではない。工場も含め、いずれも国内小麦の主要な生産地か、多くの消費が見込まれる土地である。昨今のIT系企業も驚くようなダイナミックな企業経営を、すでにこの時代に展開していたのだ。
  その根底にあるのは、やはり主食たる小麦を安定供給するという思いであった。生産地・輸入港・消費地に工場を分散して、原料事情等の変化や天災によるリスク分散を図るとともに操業度を平均化することで製造原価を低減し、市場への長期安定供給を実現しようとしたのである。1923年の関東大震災では食糧不足から市場で小麦粉価格が高騰したが、日清製粉は価格を据え置くことができた。

業界に先駆けて先進の技術・ノウハウを導入

  1913年(大正2年)1月、貞一郎は約4カ月にわたる洋行に旅立った。創業から13年、すでに国内トップクラスの製粉会社となっていたが、「今後も会社を大きくしていくには、ただ馬車馬のように働くだけではだめだ」と考えた。合併や工場建設が続く重要な時期だったにもかかわらず、あえて製粉の先進地である欧米の視察へと赴いたのである。
  イギリスのマンチェスターでは、製粉工場の岸壁に大型汽船が横付けになり、原料小麦を真空吸揚機で自動的に高能率で吸い上げているのを見て、これこそ海国の日本が必要とする技術であると目を見張った。ドイツでは製粉機械メーカーのアンメ社が、製造だけでなく社内にテスト用ミルを設置し、実際に製粉を行いながら機器のさらなる改善を図っていたのを見て、メーカーは製造した製品を使用者の立場で絶えず研究し、顧客に満足を与えるよう努力すべきであることを実感した。こうした視察の成果を、貞一郎は帰国直後に建設が始まった名古屋工場から活用。1914年の落成時にはアンメ社製の機械が輝いていた。
  また、欧州のほとんどの製粉工場には実験室があり、原料や製品について理化学的研究を行っているのを見て、帰国後すぐに本社内に化学実験室を設置。これが製粉工業へのわが国初の化学技術導入となった。先進の技術・ノウハウを迅速に導入していく姿勢は、現代の「スピード経営」にも通じるものといえるだろう。

海工場の建設で国内トップついに海外へも進出

  貞一郎がマンチェスターで夢見た、大型船が横付けできる「海工場」は、1926年に完成した鶴見工場で実現された。第2期工事により1928年には、日産能力897トンの東洋最大の工場となり、「TSURUMI MILL」として広く海外にも知られるようになった。建設に投資した費用は800万円。当時の資本金が1,200万円だったから、まさに企業の存亡を賭けた大決断であったが、これによって日清製粉全社の日産能力は2,487トンとなり、国内第1位の製粉会社へと躍進することとなる。欧米視察の成果がここでも生かされたのである。
  鶴見工場はその後、海外進出の拠点にもなった。先進設備による優れた品質と水揚げ・積み出し費用の低廉化が、満州・北支市場においてアメリカやカナダの製品にも勝る高い競争力を生み出したのである。

本業の製粉技術を基に多角化を図る

  太平洋戦争では日清製粉も多くの工場を喪失し、終戦の時点で生産能力は692トンにまで落ち込んだ。しかし、1945年6月に社長に就任した正田英三郎を委員長に、復興委員会が一切をあげて早期復興に着手。早くも翌年末には1,952トン、1949年には戦前レベルの2,764トンと驚くべき復興を成し遂げ、24時間フル操業体制で戦後の食糧不足解消に貢献した。
  昭和30年代は国民所得の増加とともに食生活の面が著しく向上・多様化した時代であった。これに対応するため英三郎はついに多角化を決意、1960年に配合飼料事業に進出した。続いて1962年、日清フーズ株式会社を設立してホットケーキミックスやドーナツミックスなどのプレミックス事業に参入、1967年にはマ・マーマカロニ株式会社を傘下にしてマカロニ・パスタ分野にも進出した。いずれも長年培ってきた、まさに本業たる製粉の知識と技術が存分に生かせる分野である。その強みが、日本人なら誰でも知っている数々の製品を世に送り出す原動力となった。
  一地方の製粉会社が海外にも展開する日本一の小麦粉メーカーに、さらに総合食品メーカーへと変貌を遂げてきた日清製粉株式会社。現在は製粉等の高い技術力をコアに、医薬品事業やエンジニアリング事業へと多角的に展開するグループに成長してきた。節目節目の決断が、その後の大きな歩みへと見事に結びついた100年間でもあった。そして2000年、再び大いなる決断が下された。2001年夏、持株会社化した本社と分社化した6事業子会社にグループを大再編することを決定したのである。
  数十年後、きっと皆が思うにちがいない。「ああ、あの決断が大きな飛躍の第一歩だったのだ」と。




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