世界屈指の総合電機メーカー日立製作所。 その出発は、鉱山の機械修理工場だった。 自主技術を志した小平浪平が製作した 3台の5馬力電動機から90年の歴史が始まった。 いま、日立製作所は、巨大ゆえの悩みに直面して、 大胆な変革を始めようとしている。 「第二の創業」と位置づけられるその変革は、 小平浪平の開拓者精神の復活にかかっている。
小平浪平は、昭和22年に公職追放の指定を受け、高尾副社長、馬場専務ら15名の役員とともに辞任した。ゴルフも旅行も断った。昭和26年6月に追放解除となり、7月に日立工場を訪れて「以和為貴」(和をもって貴しと為す)と染め抜いた手ぬぐいを従業員に配った。8月に家族旅行を楽しんだあと、10月、78歳の生涯を閉じた。(文中敬称略)
取材・大喜三郎 撮影・山田勝巳 史料提供 株式会社日立製作所 日鉱金属株式会社 日鉱記念館
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