CONTENTS on line vol.77 2007 ★SPRING  

先駆者たちの大地

企業が起こす化学変化

旭化成株式会社[3407] 写真館 企業の沿革 旭化成の歴史

旭化成の独立

日本窒素肥料の子会社、朝鮮窒素肥料の興南工場

1943年、旭ベンベルグ絹糸は、同じ日本窒素肥料傘下にある日本窒素火薬と合併し、日窒化学工業(株)と改称した。日窒化学は火薬を製造する軍需会社として指定されたが、空襲を受けながらも、かろうじて生き延びた。しかし、持株会社である日本窒素肥料は、終戦後の1945年11月にGHQによって財閥解体の対象企業に指定され、日窒化学を含む傘下子会社との資本関係を絶つことになった。

一方、朝鮮での発電事業は終戦直前には200万kWを超え、一大コンビナートを築き上げていたが、工場や事業所の80%以上が在外資産だったため、終戦によってそのすべてが失われた。ここに日窒コンツェルンは解散となったのである。

1946年4月に日窒化学は旭化成工業(株)に社名変更。同年12月には日本窒素肥料の保有する株式が議決権とともに持株会社整理委員会に移管され、旭化成は名実ともに独立企業体としての歩みを開始した。

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