生来のビジネスセンスを発揮して
薬局開業ではなく、ライセンス交渉に力を発揮
入社当時の薬局経営に挑む気持ちはどうなったかといえば、「薬局の主力商品は、薬から雑貨や化粧品に代わる。薬品だけで、商売を繁盛させるということは無理かもしれない」と感じるようになり、藤沢薬品工業に残ることを決意したそうだ。20代半ばのことである。
結果論ではあるものの、野木森社長の選択は正しかった。今日のドラッグストアの隆盛、化粧品や雑貨のディスカウントショップの登場を見るにつけ、若き日の野木森社長の洞察力には、感心させられる。こんなところにも、商売人の家庭で磨かれたビジネスセンスが生きているのだろう。
そんなセンスは、国内営業部門に異動してからさらに発揮される。20年間一貫して手がけた調査から突如、開発品のプレマーケティングへと異動になった。
当初は基本知識が足りず戸惑うことはあったが、柔軟に知識を吸収し、経験を積み上げながら難題も着実にクリアした。
そして、後に野木森社長の代名詞のように語られる、赤字の米国子会社のプロジェクト整理で、数々の実績を残すようになった。
「なかには訴訟をちらつかせて、100%の勝ちを得ようとする相手もいましたが、それでもどこかに接点はあるはず。どんなに異質な人間同士、企業風土同士であっても、『一緒にやろう』という気持ちが大切。それさえ確認できれば、必ず交渉はうまくいく」
手法は誠実そのものだが、交渉や決断では粘り強い一面が覗く。「いかにwin-winの関係を構築するか。互いの接点を見いだすことが、交渉を成功に導く秘訣」というのが、野木森社長の持論である。
この精神こそが山之内製薬と藤沢薬品工業、両社合併の立て役者のひとりとして、野木森社長が活躍する基盤にもなったのかもしれない。
「VISION 2015」に向け一歩ずつ着実に前進する
グローバル・カテゴリー・リーダー
山之内製薬は泌尿器領域、合成技術に強みを持ち、海外活動拠点は欧州が中心。一方、藤沢薬品工業は移植・免疫領
域、発酵技術に強みを持ち、海外は米国に強かった。かように、研究開発の強みや製品群、海外営業面などに重複が
なく、見事に相互補完する関係にあった。
しかも、「疾患の領域や海外拠点のエリアなどは異なっていたわけですが、会社同士の気風や気質は近いものがあった。それが、合併後の体制整備をスムーズに進めるためには大きかった」と、野木森社長。両社共に、業界のなかでは自由度の高い風土を持ち、社員一人ひとりの気持ちが似通っていたというのだ。
実は就職活動の際、野木森社長が最後まで迷ったのが、山之内製薬と藤沢薬品工業だったというのも、偶然ではないのかもしれない。
アステラス製薬は2006年、「VISION 2015」という経営ビジョンを発表した。
泌尿器、炎症・免疫、感染症、中枢・疼痛、糖尿病、がん――この6領域を重点研究領域と位置付け、未来の糧となる製品を創り出し、パイプラインを拡充すること。グローバル営業体制を強化すること。
導入・事業開発の推進に取り組むことをうたっている。さらにそれ以降の取り組みとして、創薬研究からグローバル製品の創製を進めること。
アンメットメディカルニーズ(治療満足度が低い疾患・領域)や潜在市場を選定し、重点研究領域・疾患を新しく設定するとともに抗体医薬といった新規基盤技術の構築を図ることなどにも言及している。
合併からたった1年で、経営の舵を引き継いだ野木森社長が、こうしたビジョンを示せたのも、野木森社長を含む経営陣が、合併後の体制の構築に全精力を傾注してきたからにほかならない。この経験があればこそ、野木森社長も「VISION 2015」の実現に向けて、一歩も二歩も前進していける。「グローバル・カテゴリー・リーダー」という、アステラス製薬の理想型を、われわれに見せてくれるはずだ。
(IRマガジンvol.82 2008年夏号)
「書」をしたためるひと時が、心を落ち着かせてくれる

旅行や散策は息抜きの時間。ご家族とドイツ旅行した際の1枚
大学時代はいろいろな「社会勉強」をしたという野木森社長だが、子供の頃から現在まで一貫して続いている趣味は書道だけだという。最近では2カ月に一度筆をとる程度だが、「好きな言葉をつづるひと時は、心を落ち着かせてくれる大切な時間」だそうだ。前ページの写真で手にされている書もご自身でしたためたもので「万象必有故」と書かれている。もともとは「万事必ず故あり」という言葉だが、野木森社長らしいアレンジが加えられている。






