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IR MAGAZINE トップの素顔 先駆者の大地
トップの素顔 2006年新春号 Vol.72
 

株式会社メディセオ・パルタックホールディングス

代表取締役社長 熊倉 貞武 氏
代表取締役社長 熊倉 貞武 熊倉 貞武(くまくら・さだたけ)
1944年、東京都生まれ。1967年慶應義塾大学法学部を卒業後、山之内製薬(現・アステラス製薬)入社。71年10月クラヤ薬品(現・メディセオ・パルタックホールディングス)入社、89年4月代表取締役社長就任。2000年4月合併により、クラヤ三星堂(2004年10月メディセオホールディングスに社名変更)代表取締役副社長、2002年6月同社代表取締役社長就任。2005年10月パルタックと経営統合したメディセオ・パルタックホールディングスの代表取締役社長に就任。

業界の壁を越えた統合で
日本の流通業を改革する

大合併を支えたのはカントリー&ウエスタンで学んだチームプレー
日本の卸業界は改革の真っ只中にある。なかでも医薬品卸業界は、度重なる経営統合により、
業界地図が毎年のように書き換えられている。そんな状況下、業界トップのメディセオ・パルタックグループが、
業界の壁を越えた経営統合を実現。内外に激震を起こした。この大改革を成し遂げたのが、熊倉貞武氏。
45歳から経営の最前線に立ち、今も挑戦を続ける革命児である。

どんな小売業態にも対応できる
総合的な卸売業を目指し、経営統合

 2005年10月1日、医薬品卸売業トップのメディセオホールディングスと、化粧品・日用雑貨品卸売業2位のパルタックが、業種の壁を越えて経営統合。「メディセオ・パルタックホールディングス」が誕生した。両社が手を結んだことで、業種を越えた国内の卸業界すべてを巻き込む、再編の引き金が引かれたのではないかといわれている。
 この日本の産業界を揺るがすような、大変革を成し遂げた中心人物が、経営統合後の同社社長に就任した、熊倉貞武氏である。
「魚屋さんには、魚屋さん向け卸。金物屋さんには、金物屋さん向け卸。旧来の卸売業は、それぞれ業種別に事業を展開していました。しかしスーパー、ディスカウントストアなど、小売業は総合小売業がメインになっています。今回の経営統合は、当社グループが業種別卸売業から、業態別卸売業へと変化することを、広くアピールしています。どんな業態にも対応できる総合的な卸売業への発展を期しています」と熊倉社長は、その意気込みを語っている。
 これまでにない大改革に果敢に挑戦、見事に達成し、さらにその先の展開を、自らの手で切り開こうとしている。熊倉社長の意気たるや、目を見張るものがある。しかしその一方で、それほど驚くべきことではない、という声も聞こえてくる。45歳という若さでクラヤ薬品(当時)の社長に就任した熊倉社長には、業界の古き慣習に挑戦し、さまざまな経営統合を成し遂げてきた実績があるからだ。
 そもそもクラヤ薬品は1985年、本郷薬品という同業の医薬品卸を合併。熊倉社長は「当時私は、代表取締役副社長という立場で、その合併を先導してきました。経営統合というものの、効果もリスクも身をもって経験してきました」という。
 それが大きな財産となって、熊倉社長はその後いくつもの経営統合を実現してきたのだ。つまり、若き経営者の頃から、業界に対して俯瞰的な視野を持ち、卸売業のあるべき姿というものを模索。そのひとつの答えが、今回の経営統合だったのである。
 もちろん、業界再編に挑む、その果敢な姿勢の根底には熊倉社長の人柄と、それを形作ってきた生い立ちが、大いに関係しているはずだ。

神田の生まれ。ちゃきちゃきの江戸っ子
高校時代の仲間とカントリー&ウエスタンバンド結成

 東京生まれが三代続いて初めて、「江戸っ子」を名乗ることができるという。その説に従えば、熊倉社長はまさに「江戸っ子」。東京・千代田区の神田三崎町で、職業軍人だった父と、専業主婦だった母のもと、長男として生まれた。
 軍人だった父親に鍛えられていたのだから、さぞかし質実剛健、文武両道のたくましい少年時代だったのではないかと想像される。しかし、その予想を裏切って幼少時代の熊倉社長は、「泣き虫のいじめられっ子」。先頭に立ってみんなを引っ張っていくようなこともほとんどなかったという。
「とはいっても、今のような陰湿ないじめではなく、みんなと一緒に遊び回って、友情を確かめ合うような感じでしたね。その時の友だちの何人かとは、今でも付き合いがあるくらいです」と、往時を懐かしむ。
 都市化が進み、神田という東京のど真ん中に居を構えている人は、どんどん減ってはいる。同地に暮らす友人も、そう多くはない。しかし、西神田小学校、一ツ橋中学校、日比谷高校という同窓のつながりが、今も連綿と続いているのだ。
 特に高校の友人とは仲がよかった。「卒業後には、その仲間とカントリー&ウエスタンのバンドを結成し、熱心に活動していましたね。彼らとは、今でも月に2回、定期的に銀座のライブハウスで、一緒に演奏しています」という。
 経営者としての熊倉社長を解き明かす逸話として、今の熊倉社長を作り上げている、ひとつの側面であることは間違いない。そしてこのバンド活動が実は、経営統合を成功に導く秘訣を、熊倉社長に授けたのではないかと思えるのである。

トップ同士ががっちりと手を結び
チームプレーに徹すれば、確執はない

 カントリー&ウエスタンを教えてくれたのは、日比谷高校の友人だった。当初はそれほど興味を感じなかったものの、慶應義塾大学に進学してからは「アメリカ民謡研究会」に所属。個人的にも、その魅力にどんどんはまっていった。
「フォークジャンボリーに出たり、海の家で演奏したり、結構いろんな場所に出ていました。マイク真木がいた“モダン・フォーク・カルテット”とも、ステージで一緒になったこともありましたし、自作のレコードを出したこともあるんです。その曲は、深夜放送でかけてもらったこともあって、確か3,000枚くらいは売れたんじゃないかな」とのこと。ここまでくると、すでに学生の趣味という範疇を超えている。セミプロといってもいい。それほど熱中していたわけだ。
 熊倉社長に、カントリー&ウエスタンの魅力について聞くと、まず歌詞がいいこと、そしてハーモニーが決まったときは倍音が出る気持ちよさだという。特に、熊倉社長のバンドはコーラス重視。仲間たちと声を合わせて歌う日々を通じて、チームプレーの楽しさ、大切さを身につけたという。
 経営統合後の企業経営で最も重要なのが、このチームプレーだと熊倉社長は感じている。「新会社にとって何がベストか」を常に判断基準にすること。そして決して迷わず、統合したトップ同士ががっちりと手を結び、チームプレーに徹すれば、不要な確執で新会社が揺らぐことは絶対にない。社員同士は対立したり、派閥を作ったりということをしたいとは思っていないのだから、という。
「クラヤ薬品と三星堂と東京医薬品の3社が合併して、クラヤ三星堂(後のメディセオ・パルタックホールディングス)になった時、外野は絶対に失敗するという声で満ちていました。片や売り上げ重視で、片や利益重視。水と油のような風土が、交わるはずがないということだったのです。しかし、結果は正反対。見事に融合し、すんなりと次の一歩を踏み出すことができましたから」
 この実績もまた、熊倉社長の経営統合に対する考え方の正しさを、しっかりと裏付けている。

これまでの実績を背景に
さらなる改革へと立ち向かっていく

 大学を卒業した熊倉社長はまず、山之内製薬(現・アステラス製薬)に入社。ここで医薬品業界のイロハについて学び、医師相手の仕事を通じて、営業という仕事のおもしろさにも目覚める。その後、クラヤ薬品(当時)へと転職。思う存分力を発揮し、経営の中枢に関わるようになった。そして1989年、ついに代表取締役社長に就任する。
「この時には、心から『日本一になりたい!』と思いました。業界トップとは、かなり隔たりがあった第2位企業でしたけれど……。しかし、今後医薬品業界は大きく変わっていく、その兆しを痛いほど感じていた時期でしたから、その変化に対応していけば、決してトップも夢ではないと思っていたのです」。この熊倉社長の強い思いが、2000年の三星堂、クラヤ薬品、東京医薬品という3社の合併へとつながっていったのである。
 クラヤ三星堂はその後、同業他社と次々経営統合し、着々とグループ経営の基礎を固めていった。そしてついに2004年10月、メディセオホールディングス発足。営業エリアの拡大、顧客とのより密接なコミュニケーション、合理的かつ効率的な物流機能の活用、財務体質の強化というメリットを、すべて享受することとなった。
 さらに2005年。メディセオホールディングスは、新たな統合戦略に打って出る。それが冒頭でも紹介した、パルタックとの業界の垣根を越えた経営統合である。
 熊倉社長は「コンビニやドラッグストアという、小売市場に強いパルタックと統合することによって、単なる医薬品卸から業種の枠を越えた新しい業態、“総合卸”へと生まれ変わる。そして、さらなる成長のステージを築きたい」という。
 日本の流通業界の変革はまだまだ道半ば。カントリー&ウエスタンを通じて身につけた、熊倉社長の「チームプレー」の精神が求められる機会も、数多く残っているはずだ。それが披露される日を、熊倉社長たちのバンド「テネシーベアーズ」の演奏を聴く時のように心を躍らせながら、業界中が待ち望んでいるのかもしれない。




銀座での月2回の恒例ライブが、何より楽しみ

熊倉社長50歳の時、バンド結成30周年を記念して、仲間たちと銀座にライブハウスを作った。それから12年、月2回のライブを欠かさず実施している。現在のメンバーは7人。なかにはプロ、セミプロもいるが、熊倉社長はいつもリードボーカルとして、ステージの真ん中に立つ。「ライブには家族はもちろん、社員たちも見に来ます。もう長年やっているので、誰もめずらしがったりはしませんけどね」。社長として采配を振るう時以上に、ステージ上では堂々としているのだろう。




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