旭化成の経営を称して「芋づる式経営」という言葉がよく使われる。一見異業種のように見えるさまざまな事業を展開しながら、その根っこは関連しあっているという意味だ。これは分子結合によってさまざまな物質をつくり出す化学そのものの性質と同じである。
「三種の新規」プロジェクト

旭化成の多角化を語るうえで欠かせないものがアクリル繊維、「カシミロン」である。石油化学によってつくられるナイロンやポリエステルなど、しだいに台頭してきた合成繊維のなかでも、旭化成はアンモニア利用という観点からアクリル繊維を主軸と考えた。
1955年にはアクリル繊維製造の工場を新設して、1959年から操業を開始。製品はカシミヤにちなんで「カシミロン」と名付けられた。ところが、製造工程の未熟さから「カシミロン」は思うようには売れず、在庫は資本金の1・5倍にも達した。社長の片岡武修は心労で倒れ、代わりに1961年7月、旭化成「中興の祖」といわれる宮崎輝が社長となった。
宮崎の指揮のもと、「カシミロン」製品はやがてニットやジャージ分野で多く出回るようになり、フジテレビの開局第1号番組として人気を博した「スター千一夜」での大キャンペーンも奏効した。1964年頃には旭化成は日本のアクリル繊維メーカーのトップに立った。
旭化成には今も語り伝えられるプロジェクトがある。1959年から60年にかけて、宮崎が専務時代に行った「三種の新規」プロジェクトである。旭化成をいかに発展させるかをテーマに、入社数年目の若い社員を中心にメンバーが集められ、宮崎も参加して行われた。
メンバーは仕事が終わると赤坂にあった寮に集まり、連夜終電近くまで徹底的に議論を重ねた。ここから、ナイロン、合成ゴム、建材(軽量気泡コンクリート)の3つの新規事業が打ち出され、ナイロン、合成ゴム事業は、石油化学事業の本格的展開への橋頭堡となり、岡山県水島でのエチレンセンター建設へとつながっていく。そして、建材事業は「ヘーベルハウス」の住宅事業へとつながっていった。


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