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IR MAGAZINE トップの素顔 先駆者の大地
先駆者の大地 2006年春号 Vol.73



破壊と創造がビエラを生んだ。
松下電器産業株式会社

(6752 現・パナソニック株式会社)
創業者である松下幸之助
創業者である
松下幸之助

創業以来最大の赤字から4年、
「ビエラ」を同じタイミングで世界展開し、成功を収め、
松下電器は再生した。
「破壊と創造」を掲げた激しい改革は、
松下の何を変えたのか。
何が、変わらなければならなかったのか。

「ビエラ」の新製品発表会。
「ビエラ」の新製品発表会。
日米欧で華々しいデビューを飾り、世界のPanasonicとなった

「ビエラ」世界デビュー

 2005年5月、Panasonicブランドのプラズマテレビが日米欧の1万店を超える販売店の店頭に並んだ。世界中、同じタイミングでの「ビエラ」最新モデルの華々しいデビューである。
 プラズマテレビをはじめとするデジタルAV商品は、商品ライフサイクルが短くなっており、新製品の市場導入の遅れは収益機会の損失につながる。そこで松下電器は、新製品を世界で同時に発売し、短期間で一気に高い占有率を獲得することにより、売り上げと収益の最大化を図るという、世界中を視野に入れたマーケティングを行っている。そのためには発売時点での認知度をピークに持っていく必要があり、生産部門と、宣伝、販促部門の綿密な連携による周到な準備が必要となる。加えて世界同時発売となると各国の事情に即した製品を同時に生産し供給しなければならず、特にテレビは日米欧でそれぞれ放送方式が異なるうえ、アナログ放送、デジタル放送が混在しており一度に開発を進めることは容易ではなかったはずだが、松下電器はテレビメーカーとして史上初めてこれをやってのけた。
 2001年度に創業以来最大となる連結純利益ベース4,278億円の赤字を計上した松下電器にとって、「ビエラ」最新モデルの世界デビューは復活の狼煙であった。それだけではない。このマーケティングには、松下電器の変革とは結局何か、それを解き明かす重要なキーが含まれている。

「もの」が社会を豊かにする

 松下電器の社史を開くと、そこに掲載されている写真の多さに気づかされる。大阪府門真市にある松下電器歴史館でも創業当時からのさまざまなスナップや記念写真を見ることができる。まるで家族の記録のようだ。高度経済成長とともに躍進した日本企業のなかで社員はいわば家族だった。そうした日本的経営のシンボルともいえる松下幸之助の経営とはどんな経営だったのか。
 当時、幸之助が目指したのは大量生産によるもの不足の解消と社会の繁栄である。水道の水のように無尽蔵にものを作れば製品は安価になり、社会は豊かになる。これが幸之助の唱えた有名な「水道哲学」である。
 その根幹を成すのが事業部制であった。1933年、幸之助は事業を製品分野別に3つに分けて自主責任体制をとる独自の事業部制を考案した。日本では、これが初めての事業部制の採用といわれている。各事業部は、それぞれの傘下に工場と営業所を置き、製品の開発から生産、販売、収支まで、一貫して責任を持つ独立採算制の事業体となった。幸之助は事業部制の狙いを2点あげている。自主責任経営の徹底と経営者の育成である。いわば事業ごとにその領域だけを見る経営者がいるわけで、製品ラインアップが拡大し事業がしだいに多角化していく時、こうした事業部制は有効に機能する。高度成長に即した攻めの経営手法である。
 事業拡大の根幹を成す事業部制とともに、幸之助の経営の両輪となっていたのが、系列専門店体制である。戦前からあった松下電器の専門店は戦争によってほぼ解体されたが、高度成長の始まる50年代に復活した。こうした専門店は松下電器との共存共栄を旨とし、松下電器は販売網を組織化することによって安定した価格で製品を大量に販売することができた。大型量販店のなかった時代にメーカーにとって系列店のメリットは大きく、高度成長期には他メーカーも系列店の組織化を図ったが、先駆者である松下電器には及ばなかった。松下電器の専門店には幸之助の信奉者も多く、それはメーカーと流通がいわば家族のように一体となった強固な組織だったのである。
  戦後の経済成長の波に乗り、家電製品は庶民の夢を乗せて大量生産され、日本はアメリカに次ぐGNP世界第2位の経済大国となった。ものづくりによって社会を豊かにするという幸之助の願いは達成され、松下電器は劇的な発展を遂げて日本を代表する企業となっていた。しかし大量消費社会から次のトレンドへ、時代は変化しようとしていた。73年の第一次オイルショックを契機に、2ケタ成長の時代は終わった。ものを作れば売れるという時代ではなくなり、大量生産を基調とした松下電器の戦略は、しだいに時代とかみ合わなくなってくる。90年代以降、松下電器は低迷の時代に入り、2001年度に創業以来の赤字を計上することになった。

破壊と創造

 2006年6月28日に会長に昇任予定の中村邦夫は、87年9月、48歳の時に突如アメリカ松下電器(株)パナソニック社への赴任を命じられ、その後10年間、同社社長、イギリス松下電器(株)社長などを歴任して海外で過ごした。海外市場で厳しい競争を目の当たりにし、松下電器を外側から見つめることができたためかもしれない。97年に帰国した時に中村を待っていたのは、過去の成功体験から抜け出せずにいる自社の姿だった。2000年6月、中村は社長に就任し、11月には中期経営計画「創生21計画」を発表したが、その内容は「破壊と創造」をスローガンとするドラスティックな改革のシナリオだった。「経営理念以外は何を壊してもいい」という考えのもと、事実、改革のメスは、雇用、事業、組織、流通とあらゆる領域に及んだ。中村は時代に合わなくなった松下の経営システムを破壊し、ITを駆使し、「重くて遅い」松下から新しい時代に対応できる「軽くて速い」松下を創造しようとしていたのである。それは激しい改革だった。家族主義といわれ雇用を守ることを大原則としてきた松下電器で、初めて早期退職も実施した。そして、創業者の遺したものだからとこれまで聖域となっていた家電流通体制や事業部制も、例外とはならなかった。
 専門店は50年代に組織化され、販売に強い松下の原動力となっていた。しかし、すでに家電の販売は小売店から量販店にシフトしていた。専門店は83年当時、2万7,000店あったが、現在1万9,000店と減っている。そのような変化する市場に対応するために、2001年4月、テレビやデジカメなどPanasonicブランドのAV機器を扱うパナソニックマーケティング本部と冷蔵庫や洗濯機などナショナルブランドの白物家電を扱うナショナルマーケティング本部を設立した。事業部ごとに営業部門を持っていた以前の重層的な家電流通体制を、「軽くて速い」ブランド別マーケティング本部体制に変えた。商品の販売責任を持つマーケティング本部は、事業部に対し商品買取制度を持ち、一元的に宣伝、広報、販売促進などを担当することとした。その結果、市場の声を商品企画に活かせるマーケットイン体制となった。また、専門店に対しては2003年4月から「スーパープロショップ制度」を導入し、経営に意欲と責任のある専門店にはV商品と呼ばれる戦略商品の販売や事業拡大の支援、顧客データ管理のノウハウの提供など「平等から公平」への体制に変えた。幸之助の遺産として聖域中の聖域といわれた国内家電流通に、中村は初めて改革のメスを入れたのである。
 事業部は製品ごとに縦割りの組織として分かれていた。この体制は、製品がそれぞれ独自の技術を持ち、はっきりと個々の商品が独立し、市場を形成していた時代には事業拡大の推進力として機能したが、今や社内競合と事業の重複がムダを生み出していた。例えばラジオカセットテープレコーダーの争いである。ラジオ事業部と録音機事業部がお互いに譲らず、両事業部がそれぞれ製品を作り出した。松下電器の事業部にグループ企業の衝突も加わり、ワープロは同じ松下グループ内で3種類も存在し、ファクスは「パナファクス」と「おたっくす」という2種類のまったく別々の製品が販売されていた。こうした事例があちこちに見られ、年間で約1兆円分の事業が重複していたという。さらにテレビとレコーダー、カメラ、PCというようにさまざまな製品がネットワーク化されつながることにより、新たな価値を生み出すようになってきた時代においてはかえって事業部制は負の遺産となる。中村は事業の重複、分散の排除と開発リソースの集中、顧客との距離を縮め、俊敏に対応するための開発・製造・販売の一元化をすべく、上場会社4社を含む主要関連会社5社を完全子会社化して、事業領域ごとに14の事業ドメイン体制を構築した。それぞれのドメインが、自己完結型に意思決定を行える体制となり、市場の声に迅速に対応できるようになった。
 2001年度の決算で、松下電器は創業以来最大となる連結純利益ベースで4,278億円の赤字を計上したが、2年後の2003年度には黒字に転換し、商品の市場占有率も高まってきた。中村が公約として掲げた2006年度の営業利益率5%も見えてきた。第2の創業ともいえるほどの大転換であった中村改革は、成功裏のうちにその第1幕を下ろしたといえよう。

松下のデジタル化

 松下電器が往年の輝きを失った要因は、時代との離反にある。では時代はどのように変わったのか。最大の変化はアナログからデジタルへの移行だった。
 デジタル化によってさまざまなソフト開発に膨大なコストが必要となる。次々に進化を繰り返す技術によって、製品のコモディティ化に拍車がかかる。すべてのムダを排除したスピードのある組織と動きが要求されるのである。垂直立ち上げの発想はこうしたなかから必然的に生まれてきた。パナソニックマーケティング本部長の牛丸俊三専務は「製品に最も魅力があるのは発売日だ」と言う。どんなに魅力的な製品でも、発売日から時間が経つと対抗商品が登場し、先進的な技術やアイデアも競合他社製品のなかに埋もれてしまう。製品が最も先進的で価格競争力を持ちうるのは発売日にほかならないというわけである。そこで発売と同時に急角度で売り上げを伸ばし短期間でトップシェアをとろうという戦略だが、そのためには発売日から逆算し、製造、販売、マーケティングとすべての部門が密接に連携して準備を進めなければならない。事業部制の製造、流通、宣伝、広報が別組織になっていた従来の松下電器ではこれは不可能であった。中村改革の「破壊と創造」のひとつの目的はここにある。
 製品寿命の短いデジタル化のなかで生き残るには、コスト競争力を高め、魅力ある製品を次々に市場に送り出していかなければならない。
「ビエラ」の世界中での一気呵成のシェア獲得の原動力に「PEAKSプロセッサー」というシステムLSIがある。世界中の市場でテレビを同時期に並べるには、地域によって異なる放送方式への対応、膨大なチャンネル数への対応など、さらに越えなければならないハードルがあり、この「PEAKSプロセッサー」というグローバルプラットフォームがなければ実現できなかったことである。このマーケティングによって、松下はプラズマテレビのアメリカでのシェアを、それまでの10%台から一気に40%以上に引き上げトップシェアを確保した。松下全体の売り上げにとってテレビ事業の占める割合は8%程度だが、中村はテレビを重視する。家電メーカーにとってテレビは顔で、テレビによってブランドイメージが形成されていくと考えているからだ。中村改革を簡潔に表現すれば、松下電器を、最新のテレビを世界同時展開できる会社にした、ということだろう。
 今春発売の「ビエラ」には新「PEAKSプロセッサー」が搭載されており、そのなかにはデジタル家電統合プラットフォーム「UniPhier」(ユニフィエ)が搭載されている。「UniPhier」はさまざまなデジタル機器で共通化できるソフトウエアとハードウエアを一つにまとめたシステムLSIであり、開発効率は従来の個別に開発していた時と比べ5倍以上に向上し、セットとデバイスの垂直統合によるシナジーも得られる。
 プラットフォームという考え方は、ますます加速するデジタル化の要求に対し、デジタル技術で応えた新たなものづくりのインフラといえるかもしれない。
 さて、巷間いわれるように、中村の「破壊と創造」は幸之助神話の破壊だったのだろうか。幸之助が好んで使った「日に新た」という言葉がある。常に時代に即して変わり続けなければならないという意味である。むしろ松下幸之助の信奉者であった中村邦夫は、この言葉に従ってデジタル時代に松下電器を再生させたということだ。しかもその中心には、「ビエラ」に代表されるように、日本企業のDNAである「ものづくり」がしっかりと据えられている。中村改革は、道を見失いかけていた日本企業の経営に新たなビジネスモデルを示したともいえるだろう。そして、2006年、中村はさらに新しいステージを切り開くべく、これまでAV部門を率いてきた大坪文雄にバトンを託す。松下幸之助が今の松下電器を見たら、間違いなく拍手を送ることだろう。






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