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IR MAGAZINE トップの素顔 先駆者の大地
先駆者の大地 2001年7〜8月号 Vol.50
 

日本の夢をのせて7つの海を越える
日本郵船株式会社創業者  岩崎弥太郎

創業者
岩崎弥太郎


時代は明治に移り、日本が太平の眠りから覚めた時、
その目に映ったのは、工業化を果たし、
世界の海を越えてやってくる西欧近代諸国の姿だった。
この時から日本近代化のインフラストラクチャーとなり、
発展の原動力となった企業のひとつが日本郵船(NYK)である。
NYKの二引の旗は、日本の夢をのせて7つの海を越え、
世界を巡った。

1929年、豪華客船時代の幕開けとともに制定されたファンネルマーク。
社旗と同様、2本の線は創立時の三菱と共同運輸の合併を表し、
その線が左右に横断しているのは地球横断という創立時の夢を表している

まだ誰も名を知らぬ東の小さな島

  1990年、大型客船クリスタルハーモニーの就航によって、日本郵船の航路に30年ぶりの客船が戻ってきた。クルーズシップのランク付けでは世界的な権威といわれるベルリッツのガイドブックによって、最高位のファイブスター・プラスを与えられた豪華客船だが、現在の船旅は完全にレジャーだ。日本郵船歴史資料館館長代理の金澤氏の言葉によると、以前と決定的に違うのは、今の船旅には別れや再会の哀歓がないことだという。今、日本と海外の間に移動時間以上の距離は感じられないが、船旅華やかなりし昭和初期、外国は日本からまだはるかに遠い場所だったのだ。こうした日本の近代国家としての発展に、一企業として重大な役割を果たしてきたのが日本郵船である。その歴史は、日本が開国し明治となって間もない頃に始まる。日本はまだ、誰も名を知らぬ東の小さな島に過ぎなかった。

上海航路の勝利と日本郵船の誕生

  日本が鎖国していた2世紀余りの間に英国では産業革命が起こり、世界は劇的に変化していた。いざ開国してみると、彼我の技術力には天と地ほどの差がある。すでに太平洋や大西洋に定期航路を持つ外国の船会社が、いつの間にか貿易航路はおろか日本沿岸の海上輸送ルートにまで手をのばしている状態だった。なかでも太平洋の覇者といわれた米国のPM社(Pacific Mail Steamship)は、日本沿岸輸送を含めた航路の完全独占を企てている。さすがに危機感を募らせた日本政府は、民間会社を保護育成して国際競争力を付けさせ、日本沿岸と外航から外国海運資本を排除する方針を決定した。この時白羽の矢を立てられたのが、岩崎弥太郎の三菱商会である。
  土佐藩が設立した九十九商会にいた岩崎弥太郎は、内航事業を起こし、1873年(明治6年)三菱商会と改称、その後本拠を大阪から東京日本橋に移し、1875年(明治8年)、政府より日本海運を任されたことを機に、海運部門を郵便汽船三菱会社と改称した。弥太郎が最初に政府から命じられたのが、綿花の輸入を主目的とした横浜−上海定期航路の開設である。上海は欧米列強の東洋の拠点で、日本にとってそれは世界に通じる最重要ルートだった。ここに立ちはだかったのが、先のPM社と英国の名門船会社P&O社(Penninsula & Oriental Steam Navigation)である。たちまち値下げ競争が起こり、三菱は満身創痍となりながらも、政府のバックアップや三菱銅山の好況を背景にこれに打ち勝ち、米英の両社とも上海航路から撤退、日本は初の航海自主権を手にした。
  その後、三菱の対抗会社として明治政府は共同運輸を設立。両社はすさまじい競争を演じたが、日本海運全体の衰退を懸念して競争の停止を合意し、協議の末、両社が合併して新会社を設立することとなった。1885年(明治18年)9月29日、日本郵船の誕生である。

日本の近代産業を育成するために

  近代国家としてスタートを切った日本は、帝国憲法の発布に続き、法体系の整備を急いでいた。時の首相伊藤博文は、商法に基づいた近代的な会社組織を作るため、手本として日本郵船を選び、定款づくりにあたった。こうして1893年(明治26年)12月1日、日本最初の株式会社のひとつとして日本郵船株式会社が誕生した。
  この頃、産業界でも日本の近代化を推進する動きが起こっていた。繊維産業の隆盛である。綿糸の国内生産が輸入高を上回る勢いに達していたが、さらに国際的に太刀打ちできる品質のものを作るには、長繊維のインド綿が必要だった。日本の近代産業を育成するために、ここでもまた日本郵船が大きな役割を果たそうとしていた。1893年11月7日、広島丸が日本初の遠洋定期航路の第1船として、ボンベイへ向けて神戸港を出帆した。しかしこの航路に、またしても英国のP&O社が立ちはだかる。同社を中心に、イタリアなどの船会社が同盟を作って、綿花1tにつき17ルピーという高額な運賃カルテルを形成していたのだ。日本郵船のボンベイ航路開設は、日本の産業育成のために、この独占支配を打ち破ろうとする挑戦であった。2年半にわたる激しい競争が始まった。同盟側は相次ぐ値下げ攻勢を行ったが、日本の繊維業界と日本郵船は団結してこれに耐え、結局、1896年(明治29年)、日本郵船は同盟への加盟を認められ、4社間で1t12ルピーと定めた協定が成立した。
  こうして日本初の遠洋航路は確立され、日清・日露戦争を経て日本の海運業は飛躍的な発展を遂げていくことになる。それはまた、日本が近代国家として世界と肩を並べていく道程でもあった。

世界を驚愕させた三大航路の開設

  1896年、日本郵船は欧州、米国、豪州に一挙に定期航路を開設し、世界の海運界を驚愕させた。それまで日本の定期航路は遠洋といえどもインド洋までだったが、それが太平洋を制覇し、インド洋、地中海を経て大西洋に至ったのだから大事件である。
  これまで日本の第一線で活躍していたのは2,000t級の船だったが、世界の定期航路に参入するには5,000t級、14ノット以上の新鋭船が必要になる。それも、三大航路を定期的に運航するには計18隻が必要だった。さらに、それを動かす人材、世界規模の支店・代理店網もいる。もちろん国際的な信用は欠かせない。いかに日本最大の株式会社といわれた日本郵船でも、これは賭けだった。日清戦争の勝利、政府の海運保護政策などが後押しとなったが、その核となったのは、日本の将来へ向けて、今こそ日本郵船がこの道を切り開いていかなければならないという使命感であった。
  1896年3月15日、三大航路の第1船として土佐丸が欧州航路へ出帆していった。大冒険ともいえた三大航路開設は大成功を収め、これ以降NYKの名声と信用は世界中に広がり、日本は一等国になったと称された。1915年(大正4年)には、念願の世界一周航路も開始され、第一次世界大戦を経て日本郵船の航路は世界中に張り巡らされ、日本の輸出も世界のすみずみまで伸びていった。

太平洋を彩った豪華客船の時代

  1929年(昭和4年)10月11日、浅間丸がサンフランシスコへ向けて横浜港を旅立っていった。豪華客船時代の幕開けである。客船はその国の文化の伝え手といわれる。船自体の良さもさることながら、質の高いサービス、マナーを欠かすことができない。それだけきちんと培われた文化を持ち、優れた客船を持たなければ、欧州では名門船会社とは認められない。豪華客船は乗客にとっても船会社にとっても大きなロマンなのだ。浅間丸に続いて、サンフランシスコ航路に竜田丸と秩父丸、シアトル航路に氷川丸、日枝丸、平安丸を就航させ、日本郵船は豪華客船全盛期を築いていった。そのサービスは高く評価されたが、とりわけ食事は「帝国ホテルに優るとも劣らない」と評判で、ロックフェラーやチャップリンも、その食事に舌鼓を打ったひとりだった。こうして日本の海運は全盛期を迎え、1937年、日本郵船は就航船87隻、総t数63万5,000t余を所有し、戦前では最高の営業収益をあげた。しかし、時代は徐々に暗いほうへ動き始めていた。1941年、日本は太平洋戦争に突入した。

新たな100年の夢へ向けて

  第二次世界大戦で日本の海運は壊滅した。日本郵船の船は空母に改造されたり、輸送船として徴用され、世界に誇った豪華客船や高速貨物船は、氷川丸1隻を除いてすべて失われた。そして社員5,312人の尊い命が犠牲となった。ゼロからの再出発だったが、1952年、日本は独立を回復し、やがて日本郵船も戦前の定期航路をほぼ再開した。高度経済成長が始まると、日本郵船はタンカーを建造して総合海運会社への第一歩を踏み出し、鉄鉱石、石炭、木材、セメントなど、次々に専用船を開発した。1964年に三菱海運株式会社を合併した日本郵船は、日本が経済大国となる頃には、再び世界有数の船会社となっていた。この頃世界の物流に革命が起こっていた。コンテナの登場である。この新しい物流システムを実現するには、コンテナ専用船と、広大なコンテナターミナル、海陸一貫した輸送システムが必要になる。コンテナへの進出によって、日本郵船の総合物流のキャリアが開始され、現在では、陸・海・空の複合輸送ネットワークを備えた総合物流輸送業「ロジスティックス・メガキャリア」として、新たな展開が始まっている。日本とともに発展してきた日本郵船は、運航隻数550隻(2001年3月末現在)という世界でもトップクラスの船会社となった。7つの海を制覇し、創業以来の夢は実現された。そして今、新たな100年の夢へ向けて、巨船は動き始めている。





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