“資生”とは、“万物が生まれる”意である。 漢方医の家に生まれ、西洋薬学を志した資生堂の創業者 福原有信は、 東洋哲学と西洋科学の融合をこの言葉に込めた。 その資生堂の精神を、 『品質本位、共存共栄、消費者、堅実、徳義尊重』の 五大主義に凝縮したのが、初代社長 福原信三である。 資生堂の126年、そして、新たな世紀も、 すべて、この理念のもとにある。
昭和20年8月、ようやく平和が戻ってきたが、今度は極端な物資不足だった。その日の糧を得ることだけで精一杯の時代だった。 そうしたなか、資生堂は、昭和21年1月に広告を再開し、銀座にネオン看板を高く掲げた。人はただ生きるにあらず、生きるに値する暮らしこそ必要だという信念からであった。真っ白なブラウスに面をあげて微笑む原節子のポスターは、新しい女性の輝きにあふれていた。 資生堂が明治、大正、昭和を通じて実践してきたことは、西洋と東洋の美と知を融和し、新しい生活文化の提案を通じて、旧い因習から女性を解き放つことであった。その本当の時代がやってきたのを見届けて、昭和23年、福原信三は65年の生涯を閉じた。 “西と東の美と知の融合”は、海外59カ国で事業を展開する資生堂の永遠不変のテーマである。(文中敬称略)
取材 大喜三郎 史料提供 株式会社資生堂
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